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人とは螺旋である

いきなり結論からお伝えすると、人や組織の動きは螺旋(らせん)エネルギーを描いていると思う
人や組織は永遠の存在ではないゆえ、いつの日か物質、物理的に消滅する
人間とは、この螺旋という運動を途切れることなく継続している存在(プロセス)である

自然界には多くの螺旋構造や螺旋運動が事象として見られる

例えば、
銀河系
台風
渦潮
植物
貝殻
DNA
毛髪や爪(伸ばすと螺旋状に)
などなど

また、人は創作物として建築やアートの領域で
螺旋を創造美のメタファーとしてデザインする

代数螺旋や対数螺旋なる用語もあるようだが、科学や数学的概念についてではなく、
自らが螺旋という動きに感じてきた経験や観察から記載してみたいと思う

螺旋を考察するうえで私の一番の経験蓄積は武術によってもたらされた
私は十数年武術を学んでおり、師範はイスラエルの武術であるKravMagaの元インストラクターであり、
KravMagaを離れた後に他の武術のエッセンスも取り込みながら、現在は護身術Mastiffとして
メソッドを世に広めている方である

この護身術Mastiffでもっとも大切にしている動きは、「螺旋運動」を最大限活かすことにある
一つ例を挙げると、パンチを打つ際に身体の中心軸を使わずに直線的に打撃した場合、
パンチを戻す時にも無駄に力を使うことになるが、身体全体(骨盤を中心にして)で
螺旋の動きを伝えてパンチを打つ(腕だけで螺旋の動きにするのではない)と、螺旋の回転力を
保持していることによって自然に腕や身体が元の中心位置に戻ってきて、動きが途切れることなく
一定の力が作動できる状態(中庸の状態)が維持できる
直線的な動きに比して、螺旋の動きは自らの身体への疲労やダメージも少なくなるメリットがある
螺旋運動を活かすことで自然な動きを長く続けることができる
上記の描写については、言語による理解ではなく、身体性を通じた体験こそ肝になる

直線の動きが、従来の白熱電球を都度スイッチをオン、オフするようなイメージとするならば、
螺旋の動きは、LEDをつけっぱなしにしているイメージである
つまり、螺旋の動きは合理的なのである

自然界における螺旋の動きは、人間と異なり人格的な意識が働いているわけではないので、
無駄のない(自然界にとって)あるがままの動きとして螺旋が形成されているように思う
ただし、人智を超えた大いなる意図があるならばこの限りではないが、現在の科学では
証明されてないのでここでは論じない

私たちは巨大台風の膨大な螺旋エネルギーに翻弄される
私たちは螺旋の蔓を描く朝顔のやさしさに心を和ませる

一方、人間はどうであろう?

自身の体験を振り返って感じることは、自らのエゴや意識によって壁にぶつかったり躓いてきたが、
自然界に観察できるような潔いの良い螺旋とはいかないまでも、
人間として成長という螺旋階段を牛歩ながらも登ってきたように思う
早く登った時期もあれば、次の一歩にとてもとても時間を要したこともあった
今も登っている螺旋階段は、途中であり、この命が終わる時まで続く動きなのであろう

人間は認知や思考、身体性等のパラメーターによって螺旋エネルギーに差が生じる
この螺旋エネルギーの差について良い悪いがあるわけでなく、
人間の螺旋エネルギーはカオスで満たされているのである

私がマネジメントの仕事に関わってきて感じることは、
ひとりひとりは、螺旋階段を登るスタイル、速度に差があり多様であるということ、
人材育成に責任を持つマネジメントには、ひとりひとりの登り方、速度を把握して
関わり方を見立てることが求められる

今、このタイミングは、
負荷が掛かる中でも全員に急いで登ってもらうのか?
本人が登り方に気づくまで時間をかけてじっくり見守るのか?
転げ落ちそうになっているので背中を支えるのか?
勝負時として試練にチャレンジしてもらうのか?
間(スペース)を大事にしてその場でしばらく休んでもらうのか?

いずれしても各々の螺旋の動きは一定ではなく、
カオス的な挙動を見せながらも上昇していくように思う
各々が持つ自然の螺旋力を信頼することである

メンタル不全になった人から「キャリアが躓いたことが怖い」という事を
直接相談されることがあるが、その恐れを手放して欲しいと思う
螺旋の上昇気流を掴むまでの休息期間であり、スペースの時間になると思う

チームを率いる人は、愛情深くひとりひとりの螺旋の動きを観察しながら、
その動きの集合体であるチーム全体の螺旋の状態を見立てながら関わっていく

自然界で観られる螺旋の動きとは、自然と調和し、生そのものと波長が合致し、
宇宙と同調している創造的な状態である
老子はこの状態を「無為自然」という美しい言葉で表現した

人間は自らのエゴや思い込みによって、この無為自然の状態を創れずに自ら躓く
かくいう私もそのひとりである
しかしながら、無為自然の状態を自らにどう創るのか葛藤しながら、
エゴや思い込みに向き合い日々を過ごすのが人という存在だと思う

それに気づいた時に、自らの螺旋の動きを内観してみてはどうだろう
今、私の螺旋エネルギーの状態はどのような状態だろう?
今、私の螺旋力はどの程度発揮されているだろう?
今、私の螺旋の動きとチームの螺旋の動きはかみ合っているだろうか?

人間も自然の一部である以上、螺旋を描きながら日々を生きている
自然界の螺旋の動きを師匠にして私たちは多くのことを学べると思う

※上記の文章には、螺旋運動、螺旋エネルギー、螺旋構造、螺旋力など螺旋に関する
様々な表現を使用してますが、本質的には同じことを表現しており、文脈に応じて
言葉の使い方を変えております。

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